どんな人なん?この人?
どんな人なん?この人?
自己紹介~幼少期~
はじめに
今日は私がどんな人物なのかについてお話させていただきます。知っている方もいるかもれませんが、知らない方もいると思うので。
時系列順に起きた出来事や考えていたことなどをご紹介していきます。興味のない方はごめんなさい。
樋口翔太、産まれる
兵庫県神戸市の須磨の病院で僕は平均的な家庭に長男として生まれました。家族は福岡に住んでいたのですが、祖父母の家が兵庫県の明石市にあるので、近くの病院で産まれました。
当時僕は産まれる前から病気を抱えていたらしく、障害が残ることが心配されていたりしましたが、奇跡的に脳にあった黒い点(腫瘍?)が産まれる直前になくなり、この世に出てくることができました。
しかし、その影響あってか体重は人より軽く、小さい体でした。
それでも、ほかに異常はなく、いたって普通な赤ちゃんとして産まれることができ、本当に良かったです。
後遺症
この後で話していきますが、僕には吃音という言語障害や、発達障害のような欠陥がみられます。(病院で診断されたわけではないですが)
そういう後遺症が残ってしまったのは、産まれる前の黒い点のせいなのかな、と今でも思っています。
しかし、受け容れて向き合うしかないので、この体と付き合っていこうと思います。
体験談、僕の性格
僕は小さいころから好奇心が旺盛で、様々なものに興味を示していました。それに、頭を使うことが好きで、こどもちゃれんじやパズルなどに夢中でした。
パズルはすごく早かったらしく、親族からは「パズルの鬼」と呼ばれていました。笑
素直でまじめなかわいい子だったようです。
しかし、お人よしなところがありました。
親に買ってもらったカードゲームなどでレアなカードを持っていても友達に譲ったり、幼稚園の劇で西遊記の孫悟空に立候補してじゃんけんに勝ったのにもかかわらず、気の強い女の子に結局譲ってしまうなどしていました。笑
引っ込み思案だったんですかね、優しすぎたんでしょうか。
「三つ子の魂百まで」ということばや、「自分史を振り返ると自分の原点がわかる」ということばがありますが、間違いじゃないようです。
いまでも僕にそんな性格は残り続けています。
平均的な中流家庭に産まれたのですが、父が転職してからは収入が減り、あまり裕福ではなくなったので、長男ということもあり、ほかの子たちみたいに物をほしいほしいというようなことはしませんでした。
幼いながらに遠慮して空気を読んでいました。こういう考え方も今に残る部分です。
まとめ
自分の過去を振り返ってみるのってすごく面白いです。
やっぱり今は過去の延長線上にあるんですね、自分史振り返り、おすすめです。
幼少期だけで1000字に到達し、今日も次の予定があるのでこの辺にしておきます。
次回は少年期、その次は青年期へと進んでいこうと思います。
読んでくださりありがとうございました、次回以降もよろしくお願いいたします。
樋口翔太